星降る夜に

星降る夜に、君と
第一章 出会い
東京の片隅にある小さな喫茶店「星影」。古びた木製の扉を押すと、ベルの音が静かに響き渡り、コーヒーの香りが鼻をくすぐる。ここは都会の喧騒から少し離れた場所にあり、常連客だけが知る隠れ家のような存在だった。
ある雨の日、店内はいつもより静かだった。窓際の席で本を読んでいた僕――佐藤悠斗(さとう ゆうと)は、ふと扉が開く音に顔を上げた。そこには、一人の女性が立っていた。黒い傘を手に持ち、濡れた髪が肩に張り付いている。彼女は少し戸惑ったような表情を浮かべながら店内を見回した。
「いらっしゃいませ」と店員が声をかけると、彼女は小さく頭を下げてカウンター席に座った。その瞬間、不思議な感覚が僕を包んだ。まるで運命という名の糸が、僕と彼女を結びつけたような気がした。
彼女の名前は高橋紗月(たかはし さつき)。その日から、僕たちの物語が始まった。
第二章 近づく距離
紗月は週に一度、「星影」に来るようになった。彼女はいつもカウンター席に座り、カフェラテを頼む。そしてノートパソコンを開き、何かを書き続けていた。
僕はどうしても気になってしまい、本を読むふりをしながら彼女を観察していた。ある日、意を決して話しかけることにした。
「何を書いているんですか?」
突然の質問に驚いた様子だったが、紗月は少し笑って答えた。「小説です。趣味で書いているんですけど……あまりうまくなくて。」
「小説ですか! すごいですね。」僕は心から感心した。「どんな話なんですか?」
「まだ途中なので秘密です。でも……恋愛ものかな。」
その一言で僕の胸は高鳴った。彼女が書く恋愛物語。その中にはどんな感情や想いが詰まっているのだろうか。もっと知りたいと思った。
それからというもの、僕たちは少しずつ会話を交わすようになった。彼女の笑顔を見るたびに、心が温かくなるのを感じた。
第三章 秘密
ある日、紗月がぽつりと呟いた。「私ね、本当は作家になりたかったんです。でも……夢なんて叶わないと思って。」
「どうして?」僕は思わず聞き返した。
「現実は厳しいから。才能もないし、自信もない。それに……」紗月は言葉を詰まらせた。「私には時間がないんです。」
その言葉に引っかかりを覚えたが、それ以上聞くことはできなかった。ただ、その時初めて気づいた。彼女の笑顔にはどこか影があることに。
第四章 告白
季節は夏になり、「星影」の窓から見える景色も鮮やかな緑へと変わっていた。僕と紗月は相変わらず喫茶店で会話を楽しむ日々を送っていた。しかし、その関係にも限界が来ていた。
「紗月さん。」ある日の夕方、僕は勇気を振り絞って言った。「僕……あなたのことが好きです。」
紗月は驚いた表情で僕を見つめた。そして、小さく微笑んだ。「ありがとう。でも……ごめんなさい。」
その言葉に胸が締め付けられた。しかし、それ以上何も言えなかった。ただ、その場で立ち尽くすしかなかった。
第五章 真実
数日後、紗月からメールが届いた。「話したいことがあります。」指定された場所――公園のベンチで待っていると、彼女がやってきた。
「悠斗さん、ごめんなさい。この前ちゃんと説明できなくて。」そう言うと彼女は深呼吸し、一つ一つ言葉を選ぶように話し始めた。
「実は私……病気なんです。治療法がなくて、お医者さんからも余命宣告されていて。」
その言葉に耳を疑った。しかし、紗月の表情を見る限り、それは真実だった。
「だから私は夢なんて追えないし、人と深く関わることも怖かった。でも……悠斗さんと過ごす時間だけは特別でした。本当にありがとう。」
涙が止まらなかった。どうしてこんなにも残酷なのだろう。それでも僕には一つだけ確信していることがあった。
第六章 最後の願い
それからの日々、僕たちは一緒に過ごす時間を増やした。病院への付き添いや、小さな旅行。そして何よりも、「星影」で過ごす時間。
紗月は笑顔でこう言った。「悠斗さんのおかげで、小説を書き上げることができました。この物語には私の全てが詰まっています。」
その小説には、一人の女性と男性が出会い、互いに支え合いながら生きる姿が描かれていた。それはまるで僕たち自身の物語だった。
最終章 星降る夜
冬になり、夜空には無数の星々が輝いていた。その夜、「星影」のテラス席で僕たちは最後の時間を過ごしていた。
「悠斗さん。」紗月はそっと手を握り締めた。「ありがとう。本当に幸せでした。」
その後、彼女は静かに目を閉じた。その微笑みは永遠に消えることなく、僕の心に刻まれた。
エピローグ
それから数年後、「星影」は今でも変わらず営業している。僕も時折訪れて、本を読みながらコーヒーを飲む。そして窓際の席を見る度に思い出す――あの日々のことを。
紗月との思い出、小説という形で残された彼女との絆。それら全てが今でも僕の支えとなっている。そして願う。いつかまた星降る夜に、彼女と再び出会える日を。